筆録帳

六月二日

【哲学】

お役目に喰われないように

 

相対の自己と、絶対の自己

 

相対の自己とは他者の存在に拠って決まる役どころです。

 

ゲストがいないとホストになれないように。

親がいないと子になれないように。

部下がいないと上司は存在しません。

受療者がいないとその時点では私も一旦鍼灸師という役をおりることになる。

テーマパークのキャスト(役)が、仕事を終えて帰路につく。電車に乗れば乗客役。図書館によれば来館者役。スーパーに寄れば買い物客役。飲み会に行けば飲み友役や聞き役でしょうか。家に帰ってその家庭のポジションがあればその役……というように私たちのガワの表現は簡単に取って代わっていきます。

 

人間関係のトラブルは、この役を演じるにあたって というところに立ち返ると構造が見えてくることがあります。

親役に入り込みすぎて対象が子ども役であることを期待してしまったり、利用客役であることに優越感や万能感を覚えたり、交際相手役の言動をコントロールしようとしたり。

 

そこで与えられた役割を適度に全うすることは、実は非常にバランスが求められるからこそ成長や安定に繋がるのでしょうね。

 

この「役」という考え方は何も新しいものではなく、東洋思想のひとつから影響を受けています。

 

生活していくということは、何かしらのお役目を代わる代わる引き受けていて、そこから起きるドラマはむしろ人間らしくていいなと思っているところではありますが。役にのまれると大変です。

〇〇ちゃんのお母さんとか、〇〇屋さん、学校の先生、チームのコーチ、スーパーのパート、〇〇の代表、〇〇の何代目、〇〇のオーナー……これは全部役名です。

 

〇〇(組織)の(/に対する)△△(役割) などぜーんぶ置いておいて

すべて取っ払った上でまだ残るわたし 核としてのわたし これが絶対の自己です。

 

時間を忘れて楽しめることはありますか?なにがきっかけでしたか?どんなことが得意ですか?それはあなたの中の何を伸ばすのに向いていますか?

理屈抜きでなんか好きだと感じる匂いや音はどんなものですか?本屋や図書館に行って必ず足を運びたくなるコーナーはどこですか?

他人に何と言われようが、なぜか昔から捨てられないモノや、集めてしまうモノは何ですか?明日から1年間、誰の期待にも応えなくてよく、お金の心配もないとしたら、どこで何をしていますか?

スラスラと答えが思いつきますか?返答に困るでしょうか。

周りから与えられた役割を必死に全うするうちに、その「役名」が自分自身の代名詞になってしまい、絶対の自己が薄くなっている人がいます。

取り戻していくコツは色々ありますが、余裕があれば「自己満足の時間」をひたすら味わってみてください。大層なものでなくていいです。役を降りても充実している手応えを感じることが純粋な主観を広げます。

 

昨今の 他人に期待しないのが良いとされる考えや、自他境界線を引くだとか、この辺りは相対の自己に関するワードです。

自己肯定感という言葉は、絶対の自己の領域に分類されるでしょうね。

ちなみに、自己肯定感の低さは自己分析の甘さを含んでいると思いますよ。ネガティブはポジティブに内包されます。

 

個人にいろんな面があって当たり前です。お役目と一緒に使い分けているはずですから。その役を務めて満たされる絶対の自己は確かにあります。

役を遂行するにあたって力不足に思うこともあるでしょう。でもそれは核としてのあなたの価値を落とすことにはつながりません。

 

役不足って言葉があることも忘れないでくださいね。役の方が、あなたの真の実力や魅力に相当しない場合もあります。

 

だからこそ、その役に喰われないように、

 

今日もロールプレイングです。